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『小さなサーカス』のこと

 短編は長編より好きだ。読むのも書くのも。  長い作品は完結しなかったり、読んでいるうちに嫌いになったりすることがあるが、短い作品にはそれがない。すっきり終わった上で個々の作品の印象が固まってくれる。 そういった意味でショートショートは大好きである、と言える。もちろん個々の作品の印象は別だが。  では自分の作品についてはどうか。  もちろん個々の作品について違うし、書いてから時間がたったりすると印象も変わったりするものである。  それもあって、古い作品には一抹の不安がつきまとい、お見せしようという気持ちを殺ぐこともある。まあ、面倒なのだ。  とはいえ、記憶の中で「頑張った」という印象が残っている作品もある。出来についての判断、評価は揺らぐこともあるだろうけれど、頑張ったという記憶が裏切られることはない。出来が悪いなら、頑張った当時の能力が低かったということだろう。あるいは当時は見えていたなにかが老いて見えなくなったということだってあるかもしれない。  さて、そんなふうに「頑張った」記憶のある作品たちならば、出来はともかく誰かに読んでもらいたくはなるだろう。いや、きっとどこかに「届く」読者がいるだろう、という気持ちになるのだ。  短編集を作ろう、というのはそういうことだ。もっとも、短編集ということになれば全部が全部「頑張った」作品ばかりとはゆかない。いろんな思いが、淡く、あるいは濃く反映した作品を並べた方がいい。それは、絶対とはいわないが、おおむねそんなもの、である。  さて「小さなサーカス」という短編集を作った。  もちろんいろんな思いが、いろんな形で収められた代物になった。  この中で、やはりもっとも思い入れが強いのは、もっとも頑張った作品ということになる。すなわち「異なる形」がそれだ。  たいした話ではない、と言ってしまってもいい。  妻を亡くした男が育てる娘に異変が生じる。どうやらそれは、娘を異形に、怪物に変えてゆこうという始まりであるらしい、と気づく。  それからどうなった、というだけの話である。  アクションものの導入部のような話だが、アクションにはならない。  人類の可能性、なんてところに歩み寄ってゆくこともできるかもしれないが、そっちにも行かない。  ただ淡々と、娘に生じた異変と戦い続けた主人公の思いが、ゆるやかに綴られてゆく。  私はただ、生じた異変に対して誠実に向き合ってゆく話を書きたかったのだろうと思う。多くの小説、マンガにおいて、異変とはストーリーを動かしてゆくためのエンジンもしくはその燃料として扱われる。要するに、ストーリーを動かし、読者を楽しませることこそが目的であり、異変そのものは面白そうであればどうでもいいのだ。  だが、と思う。異変そのものが現実に起こってしまったらどうだろう。ストーリーを動かしてゆくエンジンとしての異変と同じように展開してゆくだろうか。いや、たぶんそうはならない。おそらく、たくさんの物語の中で語られてきた異変についての情報を下敷きにして、地道で、より堅実な対処をしようとするだろう。少なくとも私はそうしようと思うはずだ。そうして、そのような堅実な対応こそを、私は面白いと思うだろう。  私はこのアイデアに対して、それまでなかったくらい真剣に取り組んだと思う。そういう思索の積み重ねが、結果的に「堅実に書く」方針を生み出した。  そうして、おそらくこの時以後、私は自分の作品に向き合う態度を変えていったのだと思う。執筆速度も、一部(ショートショートのほとんど)をのぞきめっきり遅くなったのだった。

 というわけで、こうした作品を簡単に読めるようにするため、オンデマンドで売ることにしたわけである。  いや、読んでください、なんて言うつもりはない。  ただ、そういうものがある、という主張だけはしておかねばならないと思っている。そうすれば、これを「読みたい」人がどこかにいて、見つけだすことができるようになる、かもしれないのだから。

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