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『非在時空』のこと

 かつてe-novelsという、作家による電子書籍販売サイトが存在していた。私がそこに参加したのは「鬼ノ在処」という作品を書くためだった(このことについては「鬼ノ在処」についてのところで書いた)。  さて、思惑通りに長編を書き上げ発表したが、予想通り売り上げはほとんどなかった。以前から参加している作家もいたが、あまり新作を発表するようなことはなく(例外もあったが)盛り上がってはいなかった。  とはいえ、せっかく新作を発表したのだから、活動そのものに寄与するなにかしらをするべきだと思ったし、なにより私は当時ヒマだった。  で、いろんなことをやってみたのだった。  特に積極的だったのがe-novelsが発行しているメールマガジンへの執筆である。まずは、「どっち」というシリーズショートショートだ。オチのところに選択肢がついている、というもので、われながら気に入った作品をいくつも書き上げることができた。さらに、架空の町について紀行文的に書いたショートショートのシリーズ、家のいろんな部屋で起こる事件についてのシリーズと、けっこう長くたくさん書いていったのである。  しかしe-novelsは空中分解することとなる。作家が自ら運営してゆく、という手間やコストに対して収益もビジョンも見いだせなくなった、ということだと思う。そこで作品も含めてそっくり他の運営者にゆだねる、という判断がなされることになったのである。  そこで私は、すかさず身を引いた。自分の作品がゆだねられる状況に得心がゆかなかったからだ。下手な契約をすれば自分の作品を思うように使えなくなると考えたのである。  かくして「鬼ノ在処」もショートショートたちも、公開の場から消えることとなった。  しかしながら、未練もある。とりわけ架空の町を描いた「ありもしない街ガイド」は作品数も多く、なんらかの形で公開できる形にしたかったのだ。そこで、ショートショートを内包する長編を書いてみることにしたのだった。  売れない作家の元に、見知らぬ街について書いて欲しいという依頼がくる、という基本的骨組みについては、いいかげんに決めた。その時点で、この作品がどんな展開を見せることになるのか、ほとんど考えていなかった。  だが、作品は思わぬ展開を見せてゆく。  なにしろ執筆に時間をかけた。何年も考えては書き考えては書きしたのだった。その結果、作者にも意外と思えるようなアイデアに遭遇することになる。  それは「認識」と「宇宙」の物語だったのである。  と、こう書けば安っぽい印象。いや、実体も安っぽい、青臭い代物である。が、アイデアなんてものは多少青臭くなければならないものだ。  宇宙がいかにして出来たか説明する説に、人間原理とかいうのがあって、人間によって観察されるために宇宙は出来たのだとか、人間に観察されるようになっているのだ、という考えらしい。「んなわきゃない」と即座に断定する私だが、こう言い換えると話が変わってくる。つまり、宇宙だろうとなんだろうと、人間には人間の観察できる限界までしか観察できないのだ、と。まあ、こっちは当たり前なのである。  では、小説という世界に在る主人公の観察できる限界とはどこまでなんだろう。  あらゆる奇妙な街を観察してゆく主人公は、その時々において「観察」という枠組みにふれてゆくことになる。だから、彼にはなにかが見えてくるはずだ。  結果的に得られたイメージは、もしかしたら陳腐なものであるかもしれない。けれど、たとえ陳腐であっても生じるイメージの確かさには自信が持てた。  ひとつ、自らに課したのは、ショートショートは執筆順に並べる、ということだった。長編の都合で順序を変えたり、必要な作品を付け加えることは(若干の例外事項を許容したが)しない。  そうして、主人公の在る現実と私自身の住む現実をリンクさせることで物語を閉じることにしたのだった。  なにもかもうまくいった、とは思わない。だが、自分なりに納得できるレベルには達したと思う。

 書き上げて、「非在時空」とタイトルをつけ、しばらく放置しておいた。  何人かに読んでもらったが、どうやら「誰もが傑作と思う」ことはなさそうだ、と結論した。  それでも私にとっては、この作品は決して無視できるようなものではない。オンデマンド本として、誰にでも読める形にしておけば、いつか読むべき人に巡り会えるかもしれない。  それが、公開することにした理由である。  ショートショート集の側面を持つ作品なので、この道の研究者でもあるところの作家、高井信さんに見本をお送りしたら意外な好評をいただいたことも公開の理由ということになる。  作品を、すぐに読んでもらって面白がってもらえる、というのは作者にとっての大きな幸せなのだ。

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